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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11670号 判決 1971年12月21日

原告 石田孝三

右訴訟代理人弁護士 中井宗夫

被告 アラキ有限会社

右代表者代表取締役 新井勝子

右訴訟代理人弁護士 新井泉太朗

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、

一  別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は原告の所有である。

二  被告は、本件土地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を建築してこれを所有し、本件土地を権原なく不法に占有している。

三  よって原告は被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。

と述べ、

被告訴訟代理人は、答弁として、

本件土地が原告の所有であり、被告がその地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは認める。

と述べ、抗弁として、

一  原告は、昭和一二年五月二九日訴外松原鹿蔵から同人が訴外亡新井康之に賃貸していた別紙目録記載の東京都世田谷区桜上水四丁目四二九番一六四宅地四九八・五四平方メートル(一五〇坪八合一勺)(以下本件借地という)を買受けて右賃貸借における賃貸人の地位を承継し、右新井康之は昭和一九年四月二八日死亡し、訴外新井博が相続して賃借人の地位を承継した。原告は、昭和三五年一一月右新井博に対し賃料不払による契約解除を理由として建物収去土地明渡請求の訴訟を東京地方裁判所に提起(同裁判所昭和三五年(ワ)第八七五一号事件)したが、敗訴の判決言渡を受けたため、東京高等裁判所に控訴(同裁判所昭和三七年(ネ)第一七三九号事件)し、その控訴審専属中昭和三九年九月九日原告と新井博との間に、1原告は新井博に対し本件借地を同日から二〇年間非堅固建物所有の目的で賃貸する。2賃料は一か月坪当り金二五円合計金三七七〇円とし、毎月末日限り原告またはその指定する者に持参または送金して支払う。3新井博は原告に対し同日示談金として金一〇〇万円を支払い、原告代理人はこれを受領した。4原告は新井博が昭和四九年九月八日までに本件借地上に家屋を新増築することにつき予め同意する。等の条項による裁判上の和解が成立した。

二  そこで新井博は昭和四一年二月八日本件借地の一部である本件土地上に本件建物(アパート)を新築したのであるが、その所有名義は被告会社とした。

被告会社は、新井博が右新築に伴いアパート管理の便宜上ないし税金対策のため設立した有限会社であり、資本金は金二〇〇万円で、社員は新井博のほかその推定相続人である妻勝子、次男泉太朗、次女優子、三女幸子および四女徳子であるが、出資金はすべて新井博が支出して形式上右各社員に分け、取締役は新井博のほか泉太朗および勝子であり、そのうちアパートの管理をする妻勝子を便宜上代表取締役とし、会社の目的として不動産の所有、売買貸借に関する事業等を掲げているが、事実上は本件建物の管理のみを事業として行っているのである。

したがって被告会社の実体は新井博と全く同一であり、両者は実質上同一人格であるから、被告は原告に対し新井博の有する賃借権を援用して正権限を主張することができる。

三  仮に右主張が認められないとしても、被告は新井博から本件土地を使用貸借によって転借しているものであり、この転貸借は次のような事情からすれば原告に対する背信行為となるものではなく、被告は原告に対し正権限を主張できる。すなわち、前述のとおり被告会社は実質上新井博と同一人格であって、同人が事実上出資金全部を支出し、ただ相続税関係のため設立したものにすぎず、同人が支配し統制することができる会社であり、また本件建物は同人が前記和解によって予め原告の同意を得て新築したものであって、その敷地である本件土地は本件借地の三分の一にすぎず、ことに右和解の際支払った示談金一〇〇万円がいわゆる権利金であるとすれば、本件土地を被告会社に転貸することは認められてよいはずであり、さらに本件建物新築後すでに六年経過しているのに、その間原告は毎月地代を受領しながら右の転貸借関係に異議を述べたことがなかったのである。

と述べ、

原告訴訟代理人は、被告の右抗弁に対し、

一  抗弁一の事実は認める。

同二の事実のうち被告会社の資本金の額および取締役の氏名は認めるが、被告会社と新井博が同一人格であることは争う。右両者は法人と自然人で別人格であることは明らかであり、被告会社は本件建物を新築して新たに本件土地の占有を開始したのである。

同三の事実のうち原告が本件建物新築後本訴提起まで異議を述べなかったことは認めるが、新井博と被告との間の転貸借が原告に対する背信行為とならないことは争う。原告が異議を述べなかったのは、本件建物が新井博の所有であると信じていたからである。

原告と新井博との間の賃貸借が終了した後、新井博とは別人格の被告会社が本件土地の占有を継続する場合には、原告の本件土地の占有回復がいちじるしく困難となり、また被告会社の社員または取締役がいつまでも新井博およびその推定相続人で占められるという担保はなく、さらに本件建物はアパートであって賃借人の住居用のみに使用するという本来の賃貸借の目的を逸脱しており、新井博の行為は原告に対する背信的行為というべきである。

二  被告は、原告の承諾を得ずに本件土地につき新井博から賃借権の譲渡を受けたものであって、原告に対し本件土地の占有権原を主張することはできない。

また新井博は弁護士であるから被告会社の取締役に就任するについては所属弁護士会の許可を必要とする(弁護士法第三〇条第三項)のにかかわらず、同人はその許可を得ずに被告会社の取締役に就任しているものであって、被告会社は同人以外の者によって経営されるべき筋合であり、被告会社と同人とが同一人格であるとするのはこの点からも失当である。

と述べ、

被告訴訟代理人は原告の右二の主張に対し、

被告会社が新井博から賃借権の譲渡を受けたことは否認する。ただし被告会社の帳簿上は被告会社が借地権を有するものとして処理している。

また被告会社の実体は新井博個人であるから、新井博が被告会社の取締役に就任するについて所属弁護士会の許可を要するものではない。

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一  本件土地が原告の所有であり、被告がその地上に本件建物を所有して本件土地を占有していること、本件借地はもと訴外松原鹿蔵が訴外亡新井康之に賃貸していたものであるが、原告が右松原鹿蔵から本件借地を買受け、また訴外新井博が昭和一九年四月二八日右新井康之の相続をして、それぞれ賃貸人および賃借人の地位を承継したこと、および原告と右新井博との間の東京高等裁判所昭和三七年(ネ)第一七三九号建物収去土地明渡請求控訴事件において、昭和三九年九月九日和解が成立し、右和解により、原告が新井博に対し本件借地を同日から二〇年間非堅固建物所有の目的で賃貸し、賃料一か月坪当り金二五円合計金三七七〇円、毎月末日払いと約し、新井博が同日示談金として金一〇〇万円を原告に支払い、原告が新井博に対し昭和四九年九月八日までに本件借地上に家屋を新増築することにつき予め同意を与えたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告はまず、被告会社と新井博とは実質上同一人格であって、被告は原告に対し新井博の賃借権を自己の権利として主張することができると主張する。

被告会社の資本金が金二〇〇万円であり、新井博のほか新井泉太朗および新井勝子が取締役であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、新井博は、前記和解成立後将来の子供達の住居も兼ねて本件借地のうち本件土地にアパートを建築することを計画し、税理士にも相談のうえ税の負担軽減をはかるため建物の所有名義を法人とすることとし、全額自ら出資し、昭和四〇年一〇月二七日登記をして被告有限会社を設立したこと、そして新井博は本件土地上に本件建物を建築しその所有名義を被告会社としたこと、被告会社の社員は前記三名の取締役のほか新井優子、新井幸子および新井徳子で、そのうち勝子(戸籍上の名は「かつ」)は新井博の妻、優子は二女、泉太朗は二男、幸子は三女、徳子は四女であって、いずれも新井博の推定相続人であること、代表取締役は右の妻勝子であるが、これは新井博が自分の死後の妻の生活の安定を考えてしたものであること、被告会社が行っている事業としては本件建物(アパート)の管理のみであって、その賃料収入は一部を本件借地の地代の支払に充てるほかは家族の生活費に充てていること、以上の事実が認められ、右の事実関係からすれば、原告会社が実際には新井博の支配下にあることをうかがえないではない。

しかしながら、被告会社と新井博との間に以上のような関係があるとしても、法律上両者は全く別個独立の存在であり、原告と新井博との間の賃貸借関係において、被告会社が新井博と同一の地位に立ち同一の権利義務を有するとは到底解しがたいところである。(なおいわゆる法人格否認の法理は相手方を保護して妥当な結果を得ようとするための論理であって、自ら便宜上法人形式をかりている者を保護するためのものではない。)両者が同一人格であるとの被告の主張は採用しがたい。

三  次に原告は、新井博が被告会社に賃借権を譲渡したと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。もっとも被告会社の帳簿上被告会社が借地権を有するかのように処理されていることは被告の自認するところであり、≪証拠省略≫によれば、被告会社がその貸借対照表上資産の部に借地権を計上していることが認められるけれども、被告会社は他人所有の本件土地上に本件建物を所有しているのであるから、本件土地を使用収益しうる権利を帳簿上計上したものであり、その権利は新井博から譲渡を受けた権利とは限らないのである。むしろさきに認定した事実関係からすれば、原告から本件借地を賃借している新井博が、そのうち本件土地部分を被告会社をして使用収益させているもの、すなわち転貸したものと認めるのが相当である。

四  被告は新井博の被告会社に対する右転貸は原告に対する背信行為とはならないと主張する。そして前記和解によって新井博が原告に示談金一〇〇万円を支払ってあらためて本件借地を賃借し、同時に原告が新井博に対し昭和四九年九月八日までに本件借地上に家屋を増改築することについての同意を与えたこと、また被告会社は、新井博が税負担の軽減をはかるとともに妻子に将来の生活の安定を得させるため、推定相続人たるこれら妻子のみを社員とし、本件建物の管理をする有限会社として設立したものであることその他前認定の諸事情を考慮すると、新井博の被告会社に対する右転貸は原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものと認めるのが相当である。

原告は、新井博と別人格の被告が本件土地を占有することによって将来原告の占有回復が困難となり、また被告会社の社員等がいつまでも新井博の推定相続人のみで占められるとはかぎらず、さらに本件建物が賃借人の住居用でなくアパートであることは本来の賃貸借の目的を逸脱しているとして、右転貸は原告に対する背信的行為であると主張するけれどももともと転貸の背信性の有無はこれによって賃貸人の被るべき不利益をも考慮して判断さるべきものであって、本件においては被告会社の転借権を肯認することによって将来原告の占有回復に不利益を与えることとなることを考慮しても、なお前記判断を左右すべきものとは考えられず、また将来被告会社の社員の構成が変更して被告会社の実体が根本的に変質するようなことがあれば、そのときに転貸の背信性を生ずるものとすれば足りさらに本件建物はアパートではあるが、新井博が将来の子供の住居をも兼ねるとともに妻子の将来の生活の安定をはかるために建築したものであること前認定のとおりであって、原告と新井博との間の賃貸借の本来の目的を逸脱したものとまではいえない。原告の右主張は採用できない。

五  そうすると被告は原告に対し本件土地の転借権をもって対抗することができるものというべきであり、被告の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は失当として棄却するほかない。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次)

<以下省略>

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